2010年の冬季オリンピック開催地に決定したバンクーバー。緑豊かで美しい街として日本人にも広く知られている事と思います。一方、ジェモロジストの眼で見たバンクーバーあるいはカナダに関する情報は、近年話題に欠かないダイアモンドの産出地という事以外は非常に限られているのではないでしょうか。しかしながらカナダは世界銀行による97年の調査で世界第3位とされた天然資源埋蔵量(日本は72位)を誇る鉱物大国であり、宝石学的にも着目すべき点が多くあります。本稿ではITに関する話題は休載し、日本人に馴染み深いバンクーバーのあるブリティッシュコロンビア州(BC州)を中心にジェモロジストの眼で見たカナダを紹介します。
●宝石学的ホット スポット
ジェモロジスツニュースの読者諸氏ならば、カナダでは現在ダイアモンド鉱山の開発ラッシュが続いている事、またゴールドの代表的産出国であること、そしてイリデッセンスを呈するユニークなアンモナイトの化石を産出することをご存じであろう。しかし、それ以外にもカナダは以下の点においてジェモロジストの興味をそそる存在である。まずネフライトの世界最大の産出地であるという点、そして世界的に有名なバージェス頁岩や、世界最古の岩石(アカスタ片麻岩)が発見されている点である。
ダイアモンドに関しては昨年のジェモロジスツ ニュースに書かせていただいたので触れないが、その後の大きな変化といえば、ダイヴィック鉱山が商業ベースでの出荷を始めた事である。まだ開発中のパイプもありフル操業には至っていないものの、カナダで操業を開始したダイアモンド鉱山はエカティと合わせて2つになった。
アンモナイトについてはG&G2001年春号に素晴らしい論文が掲載されているので、興味のある方はそちらをご参照いただきたい。
●アカスタ片麻岩
ダイアモンドラッシュで沸くノースウェスト準州アカスタ地方で発見された岩石で、40億年程前に形成された世界最古の岩石と考えられている。
クォーツを含む点が特徴で、クォーツの存在によりマグマが冷えて出来た玄武岩が再び融けるような当時の地球のダイナミックな運動を考えることが出来る。(写真3)
●バージェス頁岩
カナディアンロッキー山中、ヨーホー国立公園から発見されたカンブリア期中期の頁岩を指す。バージェス頁岩は特殊な三葉虫の化石や、体長50cmを超える最初の大型捕食性動物と考えられているアノマロカリスの化石が見つかったことでも広く知られている。
●ゴールド(金)
現在、世界の新産金(鉱山生産量)は年間2,500トン程度であるが、カナダでは2002年の実績でおよそ148トン、金額ベースで23億ドルを産出している。BC州はオンタリオ、ケベック州に次ぐ産出量であり、同年21トンが採掘された(産出量の推移は表1)。
1823年にケベック州ショーディエール川においてゴールドの砂鉱床が発見されているものの、カナダで最初に商業ベースでの採掘が開始されたのは1858年、BC州のクイーンシャーロット諸島である。以後今日までにカナダで採掘されたゴールドの合計は9,550トン以上と推定される。人類が有史以来採掘精製したゴールドの総量は約14万トンと考えられているから、ゴールドの地上在庫中6.8%がカナダ産ということになる。
BC州は、その発展の基礎がゴールドによって築かれたといっても過言ではない。東部より多くの人が入植するきっかけとなったのは、1859年のカリブー地方におけるゴールド砂鉱床の発見であった。この地方では今日でも僅かながら産出があり、合計110トンが採鉱されている。
特筆されるのは1896年、ユーコン準州のクロンダイク川で発見された巨大な砂鉱床で、これはカナダ史上空前のゴールドラッシュを呼んだ。以来同準州では合計430トンのゴールドが採掘されているが、近年は枯渇が進んでいる。例えば1997年にユーコンで採掘されたゴールドは約6,659kgであったが、5年後の2002年には2,018kgと1/3以下に減少している。
●ネフライト
世界で新たに採掘されるネフライトは年間300トンとも推定されるが、実にその3/4がBC州で産出されている。文字通り世界最大のネフライトの産出地であるが、その歴史は古代において先住民に道具として利用されていたことを除けば比較的浅く1960年代より商業的な採掘が開始されている。主として採掘活動が行われいるエリアを大別すれば3ヶ所あり、それぞれのエリアで複数の鉱山が操業を行っているが、未操業の鉱区も含めればネフライトの存在は51の場所で確認されている。
BCジェイドの名で土産物店で販売されているネフライトの動物彫刻は、そのほとんどが染色グリーンだが、未処理の状態で強い緑色を呈するものもある。また外観上はハイドログロシュラーと区別できないコショウ状のインクルージョンを含むものも多く産出される。
近年注目を集めているのはBC州北部に位置するポーラー鉱山である。当地産ネフライトは他のBC産ネフライトと比べて硬度がやや高く、より良好な研磨が可能である。典型的なコマーシャルグレードの石にはトレモライトの白色の脈状インクルージョン(写真4)が走っている。
●鉱物大国カナダ
カナダは世界最大の鉱物輸出国のひとつであり、先に記したゴールド以外にもプラチナ族金属、ジプサム、ニッケル、アスベスト、亜鉛、カドニウム、アルミニウム、銅、鉛、コバルト、ウランなどの産出量が世界のトップ5に入る。
全輸出品目中に鉱物及び鉱物製品が占める割合は12.6%に上り(2001年)、2002年の鉱物資源の生産高は196億ドル(石炭、原油、天然ガスを含めると770億ドル)であった。エネルギー産業就労人口は総就労人口の約2%にあたる19万5,000人程に上る。 更に統計上はこの数値に含まれないが、鉱物資源の流通に携わる人々が数十万人に及ぶであろう。日本の鉱業就労人口は約4万人、総就労人口の約0.062%であるからカナダ人が鉱物に関わり生計を立てている比率は、日本人と比べて非常に高い。
鉱物関連業界の盛況は、例えばバンクーバーの電話帳を開いてもMineralやMiningから始まる項目に名を連ねている会社が幾ページにも渡っていることにも表れている。またGemmologistsやLapidaries & Supplies(ラピダリー関連用品とでも訳せようか)という項目もある。
●地球太平洋博物館
前述のようにカナダは鉱業が重要な産業の一角を成している。これを支えているであろう学界の取り組みを知るべく、カナダを代表する大学のひとつブリティッシュコロンビア大学(UBC)(写真5)で話を聞いた。
BC州政府のエネルギー鉱山省は、州全土に渡って綿密な地質学的調査を行い公表しているが、UBCでは過去数十年間に渡ってこの調査に全面的に協力することで鉱物関連企業の開発計画等を支援している。
UBCで鉱業に人材を輩出しているのは、主として地球海洋科学部である。地質学、地質工学、地球物理学などを約190人が学んでおり、卒業後は特に水理地質学の分野に職を得る事が多いという。
地球海洋科学部の施設で目を引くのは、今年6月のオープンしたばかりの真新しい鉱物博物館、地球太平洋博物館である。
比較的小規模の博物館ではあったが、BC州やカナダの鉱物を中心にした展示をしており、鉱物標本の質が極めて高いのが印象に残った(例えば写真7)。標本には鉱山会社からの寄贈も多く、目新しいところではアルバータ州北部でダイアモンドの試掘が続くバッファローヒルのキンバーライトやその含有鉱物の展示されていた。
●鉱物が身近な存在
私はカナダに居を移して1年近くになる。当地で思ったのは、人と鉱物が身近な関係にあるということであった。例えば、ネフライトやロードナイトの動物彫刻は多くの土産物屋が取り扱う中心的な商品であるし、バンクーバーの中心に位置するデパートの宝飾店でも、芸術性の高い鉱物彫刻がミュージアムケースに入って販売されている。また横浜で云えば元町に相当するであろうロブソン通りにも、ある程度本格的な結晶標本を揃える店があったりした。郊外にでれば比較的大きな店で鉱物標本や研磨石、そして研磨盤やエメラルドのオイリング用エポキシ樹脂などラピダリー用品が幅広く販売されている。
アウトドアショップで砂金採取の椀かけ(パンニング)用の「椀」が地元の砂金取りスポットを紹介したガイドブックと共に売られているのを最初に見たときには驚いた。
今回カナダを題材に選んだのは、あまり知られていないこの国のジェモロジカルな側面を紹介する意味もあったが、その他に、従来から感じていたカナダ人と鉱物の距離が、日本人のそれよりも近いという感覚がいったい何に起因するのかを確かめてみたいという動機があった。カナダ開発の歴史に触れる紙面の余裕は無かったが、16世紀から入植の始まったこの国の開発、そして西部への進出に至る初期の動機は毛皮の採取、つまり天然資源の採取であり、その後、特にゴールドが発見された19世紀以降においては、鉱物資源を求める人々によって入植が進んだという事は既に記した通りである。
カナダにおける人々の生活と鉱物が身近にある所以は、このような経緯と鉱物資源関連ビジネスに関わる多数の就労人口に起因するものであろう。1人のジェモロジストとして、日本人とは違った距離で鉱物に接する人々の姿を僅かなりとも確認できたこの寄稿の機会に感謝する。読者諸氏ともこの感覚をシェア出来たならば幸いである。
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