カットは宝石の輝きに大きな影響をもたらします。ダイアモンドは『輝き』が魅力の大きな部分を占める宝石ですから、カットの善し悪しが特に重要です。そしてカットは価値にも影響を与えます(ただし、希少性が特に高いファンシー カラー ダイアモンドと呼ばれる有色ダイヤモンドの場合は例外です。この場合には宝石の色が石の価値の大部分を決定することとなり、カットにはそれほど注意が払われません)。
質の低いフィニッシュによって宝石の輝きが決定的に失われることはありませんが、悪いプロポーションの場合には宝石は輝きを失って魅力に乏しいものとなります。したがって、プロポーションの善し悪しは、フィニッシュよりもカット評価に強く影響します。
宝石の輝きには2種類有ります。1つは宝石の表面で反射した後に観察者の目に入射した光(ライト リターン)であり、もうひとつは、宝石に一度入射し、石の内部で反射した後に石から射出されて観察者の目に入射した光(ライト リターン)です。宝石の輝きとはこの2種類の反射光が合わさったものですが、ダイアモンドのように屈折率の高い宝石の場合、ファイアと呼ばれる虹色の光がその輝きの特徴であり、これは石内部で反射して、射出された光からだけ観察される可能性があるものです。
良いカット
理想的にカットされた宝石の場合、頭上から入射した光が宝石の内部で2回反射し、観察者の目に入射する量が多くなります。
この際、クラウン(参照:ファセットの名称)を通して石内部から射出された場合には、虹色の光(ファイア)がより強く見えます。これは臨界角により近い角度で内面に衝突して射出された方が屈折角が大きくなるためです。つまり、テーブルの小さい宝石は、より虹色の輝きの強い宝石となる事を意味しています。
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テーブルの大きなカット
テーブルの大きな宝石の場合、テーブルがより小さい宝石と比べて、テーブルを通して射出される光の量が多くなります。
射出される光がテーブルを通して射出された場合、クラウンを通して射出された場合と比べて虹色の光(ファイア)が少なくなります。これは、射出される際の屈折角がクラウンを通した場合と比べて小さくなるため、光の分散が小さくなる為です。
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パビリオンが深すぎるカット
パビリオンが深すぎる場合、石内部に入射した光は、パビリオン側から外に漏れてしまう量が多くなります。このため輝きが少なくなり、石が暗くなってしまいます。
あまりにパビリオンが深い場合、ネイルヘッドと呼ばれる現象が発生し、石の中心が灰色から黒く見えてしまいます。
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パビリオンが浅すぎるカット
パビリオンが浅すぎる場合、石内部に入射した光は、パビリオン側から外に漏れてしまう量が多くなります。このため輝きが少なくなります。
あまりにパビリオンが浅い場合、フィッシュアイと呼ばれる魚の目のようなガードルの反射がテーブルを通じて見えてしまい、宝石の魅力を減じます。
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それでは、よいプロポーションとはどのようなものでしょうか?
この質問への応えは単純で、ライト リターンの多いプロポーションが良いカットということが出来ます。では、何がライト リターンの多いプロポーションなのかということとなりますが、この応えには、残念ながら未だ科学的な解答は出ていません。それは、立体であり、かつ様々な光源方向があり得るダイアモンドのライトリターンを科学的に分析する事に成功していないからです。
一般にはエクセレント カットが最高のカットであるといわれます。エクセレント カットとはプロポーションの項目、例えばテーブル サイズやクラウン角度、パビリオンの深さ(図1参照)などが一定の範囲であるカットを指したもので、1919年にマーセル トルコウスキー(Marcel Tolkowsky)がその著書「ダイアモンド デザイン」で発表したプロポーションを元にしています。このプロポーションは、「アイディアル カット」とも呼ばれており、多くの専門家はアイディアルカットはダイアモンドの輝きを引き出す素晴らしいものであるとの意見で一致していますが、同時に、通常のカット評価ではGoodなどの評価にしか成らないカットのダイアモンドにも、輝きの強いダイアモンドが存在するとしていました。そしてこのような意見が、ダイアモンド グレーディングの本家ともいえるGIAでは、カット評価にエクセレントなどの表現を用いていない理由でした。
ちなみに、アイディアル カットとは次のプロポーションを指します。現在多くのグレーディング機関が用いている(GIAは用いていない)エクセレント カットはアイディアル カットよりもやや幅広い範囲のプロポーションを容認しています。
◎アイディアル カット
- テーブル:53%
- クラウン角度:34.5度
- パビリオンの深さ:43.1%(40.75度)(平均ガードル直径を100%とする)
- ガードルを除く全体の深さ:59.3%(平均ガードル直径を100%とする)
前述のように、いわゆるエクセレント カット以外にも輝きの強いダイヤモンドのプロポーションが存在することを科学的に立証する為に、4Cの考案でも知られるGIA(Gemological Institute of America)の研究部門は1990年代後半より本格的な研究を進めています。研究の修了までにはまだまだ時間がかかりそうですが、現在までに分かった成果でも、従来のいわゆるGoodのカット グレーディングにしか成らないプロポーション、例えば浅いクラウンに大きなテーブルであっても他のプロポーションの要素との組み合わせによっては強いファイアを呈し得るといった事が分かっています。この研究成果の一部はGIA JAPANのウェブサイトでオンラインで閲覧出来る(『ラウンドブリリアント カット ダイアモンドの外観のモデリング:ファイアーの分析とブリリアンスのさらなる研究』 や『続ラウンド ブリリアント カット ダイアモンドの外観のモデリング:ファイアーの分析とブリリアン』)。
その他、ダイヤモンドのカットに関しては、しばしばトリプル エクセレントといった表現を聞くかもしれません。ダイアモンドのグレーディング機関によっては、カット評価として、プロポーション、シンメトリー(対称性)、ポリッシュ(研磨)ごとにプア、フェア、グッド、ベリー グッド、エクセレントといった判断を行っていますが、トリプルエクセレントとは、これら3つの検査項目の全てがエクセレントである事を意味しています。
カラードストーンとカット
カラード ストーンとは、ダイアモンド以外の宝石を意味します。カラード ストーンのカット評価は、ダイアモンドの様に厳密に行われないのが特徴です。これは、個々の宝石ごと(宝石の種類ごとという意味ではなく、同じ種類の宝石であっても、その宝石ごとに)に最適のカットが異なるということにも原因があります。例えば、色が濃すぎる(明度が暗すぎる)トルマリン原石を加工する場合には、浅く石をカットすることによって光が石を透過して最終的な宝石の色が薄くなる(美しくなる)ように工夫されるでしょうが、同じトルマリン原石でも色が薄い場合には、深くカットして最終的な宝石の色が暗くなる(濃くなる)、つまり美しくなるようにカットされます。したがって結晶ごとに最適のカットが異なりますから、カット評価自体があまり意味を持たないのです。しかし、ガードルが厚すぎる、あるいは極端にパビリオンが深い場合には、石留めをしてジュエリーに加工することが困難となりますから、その点は確認をする必要があります。
ただし、アメシストやシトリンといった廉価な宝石や、ルビーの様に高価な石であっても直径が5mmなどと小さく、多くの石を同時に用いる場合には、ある程度厳密にプロポーションを判断する必要があります。この理由は次のようなものです。
アメシストやシトリンの場合原石が比較的大きいものが豊富に入手可能であり、また価格も廉価ですから、原石を無駄にしてでも理想的にカットされたものが期待されています。また工場で同じ製品を大量に製造する際には、同じ寸法でカットされていないと大量生産した枠に合わないといった問題が発生してしまうからです。
次に小さくカットされた宝石について考えます。ダイアモンド ジュエリーでダイアモンドの取り巻きとして利用される小さなルビーなどの研磨石の場合、それぞれの直径やテーブル サイズが同じでないと、製品に留めた際バラバラに見えてしまい統一感が無くなり、製品としての魅力に劣ることとなりますから、これらの用途で小さな石を購入する際には、直径とテーブルサイズ、またカットとははずれる話ですが、色目に統一感があるかと確認することは重要です。この作業を「石合わせ」と言います。