真珠と珊瑚とふるいの穴に続いて、お金(貨幣)の穴の話です。
貨幣の作り方はジュエリーの製造技術にも応用されている鋳造、鍛金(江戸期まで)とプレス(明治以降)です。お金の穴を観察して、ジュエリー製造技術を覗いて見ましょう。
●古銭の穴は四角形
唐銭、明銭、国内での和同開珎や中世以降の鋳造された古銭の多くは穴があいています。形から鳥目とも言われています。さしと呼ばれる紐を通して持ち運び、江戸期は100枚を百文、1000枚を一貫として通用させていました。
その銭の穴は、ほとんど四角形です。
穴が何故四角形なのでしょうか。貨幣製造の専門家にお伺いしましたら、古代の中国では貨幣の円形は天を、四角は地を表現していると言われ、つまり貨幣の価値は天地に替わるとの意を表すので円形に四角い穴があると、「銭神論(櫓褒著)」に記述があると聞いていますとのことです。
日本の寛永通宝など古銭もそのまま円形に四角い穴を採用しています。鋳造後の貨幣の湯口を取り、やすりなどで綺麗に仕上げるときに、四角の穴に四角の芯を通してまとめて固定して、やすりをかけたり磨いたりすることができます。丸い穴だと芯が固定できず、こんなことはできませんね。製造上も極めて合理的な形状といえます。
また、中国の開元通宝を重量の標準として一匁としたそうです。匁は真珠の取引単位などジュエリーと深い関係があるのですが、若い方はご存知ない方が増えています。1匁は3.75グラムです。
1匁の重さの貨幣が日本にあります。それは5円玉です。覚えておくと役に立ちます。ちなみに、1円玉は1グラムです。
●日本の貨幣の穴
現在の日本の通貨である5円硬貨、50円硬貨は中心に円形の穴があいています。造幣局のホームページによると、5円玉は直径22mm、孔径5mmで、50円玉は直径21mm、孔径4mmです。
5円玉、50円玉の穴をしみじみとご覧になったことはありませんか。でもいつも使っているのですから見当つきますね。思い浮かべて下さい。
では伺います。穴は中心に空いていますか。穴の形は正円ですか。
そんなこと当たり前だと、もし思っていたら観察力が足りません。穴は確かに中心にあいていますが、正しい中心ではありません。また、正円でもありません。財布から出してよく見て下さい。穴はちょっといびつです。穴の周りの丸い模様の縁が一定ではありません。
試しに、たくさんの同じお金を重ね、穴に丸い棒を通して横に浮かせて見て下さい。その時お金の端はでこぼこして一定には揃いません。つまり穴は位置も形も一定ではないということを示しています。
私の観察では特に50円玉の穴の変形が顕著です。
●穴の変形の訳
そう言えばそうだ、たしかにいびつだと、気がつかれたことでしょう。おまけに、穴の内縁(こば)は平面に対して直角であるべきなのに、ひどいものは斜めになっています。
ではなぜそういう形になっているのでしょうか。
それは、この貨幣の作り方にあります。貨幣はまず板材から外形をプレスで抜き落とします。抜き落とした丸い形状の板を、造幣局では円形(えんぎょう)と呼びます。
円形を模様のある型で上下から(又は下のホームページでは横打ち)プレス(圧印)して模様を打ち込みます。その時、1円玉、10円玉のように外縁にギザの無いものはプレス成型のときに円形が外のスリーブ枠に押し付けられ、平らなきれいな縁になります。
500円玉は、線が斜めになっています。円形を回転させながら筋模様の型に押し当てて線模様をつけます。造幣局のホームページをご覧下さい。
さて、5円玉50円玉ですが、円形の段階で中心にそれぞれ5mmと4mmの真円の穴もあけられます。そのあとに、表面に模様をプレスします。そのとき穴も同じように模様の中にありますから、プレスによって穴が変形され一個一個異なる穴ができてしまいます。
現在では穴がある貨幣は世界的に見ても珍しく注目され、海外では収集家に好評かもしれませんが、しかし発行数が大量ですから、通貨以上の価値はつかないかもしれません。
通常の貨幣の製造工程は下記の造幣局のホームページが面白いです。
●正円の穴の5円玉50円玉
日本の貨幣にはもう一つの顔があります。造幣局東京支局で製造しているプルーフ貨幣です。通常の貨幣と基本的に工程は同じですが、丁寧に、手間隙をかけて、とても美麗に仕上げられています。
工場は空調設備で外と遮断され、工員は食品工場のように完全な作業服と帽子でほこりを除去しています。
圧印工程に回る前の円形はバレル研磨で磨かれ、圧印は金型を数回ごとに表面を磨き、途中ではルーペで抜き取り検査しながら、傷やほこりがついていないか確認しています。そうして仕上がったプルーフ貨幣は、文字の凸面は美しい荒らしで、底にあたる平面は見事な滑らかな照り、模様も縁も形がはっきりしています。その上、最後は樹脂コーティングがされています。普通の貨幣とまったく別物のようです。
でも、もちろん通貨として通用しますが、これを使う人は見かけません。なぜならこの日本の発行貨幣6種類をセットして、プルーフ貨幣としてケースに収納し造幣局で記念販売しています。価格は、6千円から1万円もします。通貨としての価値の10倍にもなるのですから、コレクターや記念品として用いられているだけです。
写真は、そのプルーフ貨幣の5円玉と50円玉です。通常貨幣と比べて下さい。
この貨幣の穴は美しい真円です。作り方(ホームページの工程)が通常の貨幣と異なるからです。
図1は穴があるプルーフ貨幣の作り方の略図です。円形の時、中の穴は指定の直径より少し大きめです。型の中心に穴の直径にあたる凸部があります。
模様の圧印のときに、同時に凸部に向かって素材が圧縮されて、凸部にぴったりそって型打ちされます。そのために円形は中心に真円を持つ美しい貨幣となって誕生します。
図の中ほどは、下型が固定してスリーブ型が上るとしていますが、型によってはスリーブ型が固定し、下型がわずかに下がって上型によって円形を圧印後、下型がせりあがって打ちあがった貨幣をスリーブ型から取り出す形式もあります。
●板の剪断
物を剪断した時の断面を見てみましょう。
図2は金属の板を円形に打ち抜くプレス作業の略図状態です。上の型をパンチ(雄型)、下の型をダイ(雌形)いいます。
(1)は、抜く前の図です。ダイの上に材料を置きます。置く位置はガイドなどで一定になるようにします。通常の量産の場合は、材料は帯のような形状で、連続的に送りだされます。
(2)は抜き始めで、素材の円形の外縁(下側)がわずかに丸みがつきます。
(3)は板厚のほぼ半分までパンチが下りてきた状態です。板の半分までがパンチによって剪断されています。剪断面は型の擦り合わせで、やや光沢があります。
(4)は板厚の3分の2程度です。パンチが材料の下まで行かなくても、この段階で板は打ち抜かれます。強い力により剪断と同じ形で切断されるわけですが、それを破断といいます。破断部分は剪断面のような光沢はなく、引きちぎったような肌面となります。
(5)はパンチが完全に材料を突き抜けた状態です。抜き落ちた材料のパンチ側の外縁に、パンチとダイのクリアランス(隙間)によって、ばりがでます。クリアランスが大きかったり、打ち抜く材料が軟らかかったり、またプレス抜きに合わない板厚の場合、ばりは大きく鋭くなり、指先を傷つけるほどになります。ばりを出さないようにクリアランスを0とすればよいように思いますが、クリアランスがないと型が壊れ、また剪断もスムーズにできません。
図3は、抜かれた材料の断面を表しています。剪断部分、破断部分がはっきり層になっていて、物理現象の不思議を垣間見ます。通常の製品は断面を研磨するものが多いので、皆さんが眼にする機会はあまりありません。図は上図のように抜いた素材を天地を逆に置いて描いています。
●貨幣の剪断面
皆様は多分10倍ルーペをお持ちと思いますので、前述の剪断の理屈を理解した上で、ルーペで、5円玉、50円玉の穴の中の立ち上がり面(こば)をしっかり観察して下さい。
まさに図のとおりの剪断面、破断面を見ることができます。断面を見てやや光沢のある層が剪断面ですから、そちら側を下に置き、その逆の方向からパンチが下りて円形を抜いたことがわかります。
プレス抜きされたジュエリーの部品の工程など、現場作業者しか分からないことがお金の穴の観察から理解することができたと思います。
また、穴の縁を指でなでて下さい。剪断、破断と圧印によるばりが残っていることが良く分かるでしょう。
造幣局ではこのばりで指を怪我することを恐れています。赤ちゃんのもみぢのような小さな柔らかい指なら、ひょっとして傷つけることがあるかもしれませんね。しかし、今まで貨幣の穴で怪我をしたという報告はないそうです。
雑学や T.Kawasaki
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